日本宗教の母山で観光研修

京聯自動車観光部 篠田ほつう

2013年07月30日 10:58

  今月の観光研修は、比叡山延暦寺と日吉大社でした。比叡山の方は、今回は東塔だけだったのですが、さすがに日本宗教の母山と言われるだけに、様々な宗派の師祖の方々のゆかりの地が残され、不滅の法灯のある根本中堂はじめ、大講堂など圧巻でした。
 延暦寺は、滋賀県大津市坂本本町にあり、標高848mの比叡山全域を境内とする寺院。延暦寺の名より比叡山、また叡山(えいざん)と呼ばれたりもします。。 『古事記』では、近江国の日枝山(ひえのやま)として、比叡山は太古の昔より神山として崇められていました。 葛野の松尾とともに大山咋神(おおやまくいのかみ)が鎮座する聖域とされています。
 天台宗が興した神道の一派を山王神道と言うんですが、比叡山の麓の日吉大社(滋賀県大津市)が大山咋神を祀る全国の日枝神社の総本社となります。





 平安期の初め、この山を本格的に開いたのは、ご存知、伝教大師最澄上人ですね。最澄は、薬師如来を本尊とする一乗止観院(いちじょうしかんいん・現在の根本中堂)をこの地に創建しました。
 奈良時代、力を持ちすぎた南都六宗(法相、愚舎、三論、成実、律、華厳)を平安京に一切入れずに国家鎮護をしようとした桓武天皇から嵯峨天皇にかけて、朝廷は、新しい都の精神的主柱として密教を選びました。南は東寺を空海に与え、真言密教に守らせ、京の鬼門と言われる比叡山は最澄に与えて天台密教に守護させたのです。最澄が開創した比叡山は、日本の国を鎮め護る寺として桓武天皇時代の年号「延暦」を寺号に与えられました。
 ちなみに「元号」を与えられている寺院は、京都に延暦寺と仁和寺、建仁寺しかありません。それだけ格式が高いとされていました。





 最澄は鎮護国家の為には、真の指導者とされる「菩薩僧」育成のため、比叡山で12年間の修学に専念する教育制度を確立しました。最澄の没後、戒壇院の設立も許可され、この事実が、後に、浄土宗の法然上人、浄土真宗の親鸞聖人、良忍上人、一遍上人、真盛上人、禅では臨済 宗の栄西禅師、曹洞宗の道元禅師、法華宗の日蓮聖人など日本仏教各宗各派の宗祖を生むこととなり、比叡山は日本仏教の母山と仰がれています。まさに日本仏教の総合大学と言えるかも知れません。…… 続きは京聯ホームページこだわりの京都観光Ⅱ http://www.kyoren-cab.jp/ で。

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